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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)10401号 判決

原告

森常太郎

原告

奥多摩温泉観光株式会社

右代表者

森常太郎

被告

東京都

右代表者

船木喜久郎

右指定代理人

池野徹

外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告ら

(一)  被告は、原告森常太郎に対し金九〇〇万円、原告奥多摩温泉株式会社に対し金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和四八年六月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  原告森が温泉権を取得するに至つた経緯

1 被告は、第二次世界大戦前より旧東京府西多摩郡小河内村(現在、東京都西多摩郡奥多摩町)の東端に多摩川を横切るコンクリートダムを築造する工事に着手し、昭和三二年一一月東京都の水道用として小河内ダム(奥多摩湖)が完成した。これに伴い、多摩川河岸に湧出していた鶴の湯温泉は湖底に水没した。

2 ところで被告は、小河内ダムの完成する以前から、その完成により湖底に水没する鶴の湯温泉の権利者等からの要望により、右ダムの湖岸における新たな温泉湧出の可能性について調査を行つていたが、その可能性はないものと判断し、旧温泉権利者及び地元住民に対して金銭補償をすべく計画を進めていた。

そして鶴の湯温泉の湯口の土地を所有してその温泉権(源泉権)を有していた訴外木村源兵衛、同奥平舜一及び同原島康洲(以下、「木村ら」ともいう。)は、昭和三〇年ないし三一年ころ被告に対し、それぞれ右湯口の土地を含む土地を売却するとともに、その各有する温泉権を放棄した。

3 原告森は、昭和七年ころから同一九年ころまで旧中華民国において鉱山及び温泉関係の事業の経営に携つていたことがあつたので、その経験を生かして奥多摩湖岸における温泉湧出の可能性について独自に調査を開始し、その結果湧出の可能性のあることに確証を得た。

そこで原告森は、昭和三一年ころから奥多摩湖岸において温泉堀さくを行つたところ、左記(1)ないし(3)の三地点において湯脈に到達し、それぞれ慣習法上の物権である温泉権を原始取得した(以下、(1)、(2)の地点を総称して「与川田地区」、(3)の地点を「留浦地区」という。)。

(1) 昭和三一年一一月一四日ころ、東京都西多摩郡奥多摩町大字原字与川田五九八番地一(別紙図面(一)の①付近)

(2) 昭和三三年三月一七日、右同所同番号(同図面(一)の②付近)

(3) 昭和三四年一月一日、右同町字留浦七二一番地イ号(同図面(二)の③付近)

(二)  温泉権について原告ら間の契約関係

原告会社は、昭和三一年七月二四日、小河内ダム付近において観光開発事業を営むことを目的として設立され、原告森がその代表取締役に就任した。そして原告会社は、右同日ころ原告森との間で、双方がその費用を負担して小河内ダム付近の温泉堀さくを行い、温泉権を取得した場合には共同でこれを利用する旨の契約を締結した。

(三)  被告の違法行為

被告は、原告らの温泉事業の挫折を企図して、左のとおり一連の違法行為を行つた。仮にそうでないとしても、被告は原告らの温泉事業を挫折せしめないように注意すべき義務があるのにこれを怠り左の各違法行為を行つた。

1 被告は、原告森が与川田地区において温泉権を原始取得した日から三日後の昭和三一年一一月一七日ころから、同原告がボーリングをした同地区の方向に向け、新温泉堀さくの目的をもつて温泉法所定の許可を得ずに横坑掘さくを開始し、その後縦坑掘さくを行つたうえ、揚湯用ポンプ場及び湯槽等の諸施設を設置し、現在に至るまでいつでもポンプアップすれば揚湯可能な状態を維持して、原告らに対する侵害行為を継続している。

2 被告は、昭和四四年二、三月ころ、訴外島崎建設工業株式会社に、町道新設の必要のない留浦地区において町道(留浦鴨沢線)工事を請負わせ、原告森に無断で右工事を施工し、またその際原告森がボーリングをした地点の至近距離でダイナマイトを使用してボーリング孔を損壊するとともに、同原告所有の温泉ボーリング用建物、ボイラーその他一切の備品を撤去した。

3 既存温泉湧出地点から半径一キロメートル以内の温泉掘さくは、温泉先願権者又は温泉源発見者の権利を侵害する行為としてこれをなしえないとする慣習法が存する。しかるに被告は、昭和三三年ころ、東京都西多摩郡奥多摩町(以下、土地の表示において町名までの記載を省略する。)内の熱海、河内平、麦蒔戸及び留浦の四地区において、いずれも原告森が温泉掘さく許可を受けていた区域から半径一キロメートル以内の地点で無許可で温泉掘さくを行つた。

4 被告は、昭和三三年ころ、与川田地区付近において、揚湯用ポンプ施設を利用し、配水管を青梅街道まで設置し、更に貯水タンクを設置して揚湯したうえ、業者をしてタンクローリーで近隣旅館業者に配湯させた。

5 原告森は、昭和二九年三月九日付で東京都知事に対し別紙図面(一)の①付近における温泉掘さくの許可申請を行つたところ、被告は、同知事の諮問を受けた東京都温泉審議会に対し再三に亘り虚偽の事実を報告して、不当に右申請に対する許可を遅延せしめた。その結果右申請後許可がなされるまでに二年九か月を要した。

6 原告会社は、昭和三四年三月一七日付で東京都知事に対し、留浦地区における温泉掘さくの許可申請を行つたところ、被告は同知事及び前記審議会に働きかけて、右申請に対する決定を不当に遅延させた。その結果右申請に対する決定は未だなされていない。

7 被告は、昭和三二年二月ころ原告森に対し、被告の掘さくにかかる温泉は文化財としてのみ保管するものであつて営業その他には利用しない旨虚偽の事実を述べ、同原告をしてその旨誤信させたうえ、被告施工の鶴の湯温泉保存工事は違法であるとの主張が誤解に基づくものであることを同原告が認める旨の覚書(乙第七号証)に署名させた。

(四)  被告の責任

被告は、民法七〇九条に基づき、前記不法行為により原告らの蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

仮にそうでないとしても、前記(三)の1ないし7の各違法行為は、公権力の行使にあたる公務員である被告の職員が、その義務を行うについて故意又は過失によつて行つたものである。従つて、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、前記不法行為により原告らの蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

(五)  原告らの蒙つた損害

被告の前記不法行為により、原告森は原始取得した温泉権を侵害され、温泉の使用も不能となり、また原告会社は倒産し(原告会社への投資者は、被告が本格的に温泉掘さくを始めたことを知つて、一私企業者たる原告会社が被告に太刀打ちできないものと判断し原告会社に対する融資を中止したため、原告会社は倒産した。)、原告らにおいて温泉事業遂行という所期の目的を実現することが不可能となつた。その結果原告らの蒙つた損害額は以下のとおりである。〈以下、事実省略〉

理由

一被告が第二次世界大戦前より旧東京府西多摩郡小河内村(現在東京都西多摩郡奥多摩町)の東端に、多摩川を横断するコンクリートダムを築造する工事に着手し、昭和三二年一一月東京都の水道用として小河内ダム(奥多摩湖)を完成したこと、これに伴い多摩川河岸に湧出していた鶴の湯温泉が湖底に水没したこと、木村源兵衛、奥平舜一及び原島康洲が昭和三〇ないし三一年ころ被告に対し、それぞれの所有する鶴の湯温泉の湯口の土地を含む土地を売却したことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉を総合すると、原告森は、遅くも昭和三二年一月二八日及び同三三年三月一七日それぞれ大字原字与川田五九八番地一内の二か所の地点において、当時右土地の所有者であつた訴外原島正国からその使用承諾を得て、またその後間もなく字留浦七二一番地イ号(当時の所有者は農林省)の地点(留浦地区)において、それぞれ温泉掘さく中温泉湧出に、成功したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで原告らは、鶴の湯温泉の温泉権者であつた木村らが温泉権を放棄する一方、原告森が温泉の湧出に成功したことにより、慣習法上の物権である温泉権を原始取得した旨主張する。しかし右温泉の湧出した奥多摩地方において、温泉に関する権利が土地所有権又はこれに基づく土地使用権とは別個に存在し、独立して処分の対象となるような特別の慣習(法)の存在を認めることができる証拠はないから、右温泉を使用収益処分しうる権利は、その湯口の土地所有権又はその土地使用権の内容をなすにすぎず、従つて、原告森は与川田地区においては前記認定の土地使用権に基づいて、同地に湧出する温泉を使用収益処分しうるけれども、留浦地区においては原告森が当時同地区を適法に使用しうる権限を有していたことを認定できる証拠はないから、原告森(及び同原告と温泉の共同利用を約したという原告会社)は、右留浦地区に湧出した温泉を使用収益処分しうる権限を有するものとは認められない。

二そこで請求原因(三)(被告の違法行為)について検討する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。

被告は、小河内ダム建設に伴い奥多摩湖の水面下八三メートルに水没する鶴の湯温泉につき、鶴の湯温泉の湯口の土地所有者である木村らを始めとする地元住民の要望もあり、湛水後の同温泉の復活・利用方法を検討するため、第三者に委託して昭和二八年ころから一般的地質調査を行い、同二九年六月一七日から同三〇年六月三〇日までの間温泉観測を行つたうえ、同三一年三月学術調査を行つた。その結果、新たな温泉湧出の可能性はまずないことが判明し、鶴の湯温泉の復活方法としては、従来の温泉を湖畔にまで引上げること、即ち河岸から湯脈に向けて水平坑を掘り地表に温泉を誘導したうえ山脈に沿つて湖面以上の地点に温泉を揚湯すべきものとされた。

他方被告は、昭和三一年九月五日奥平舜一及び原島康洲から、それぞれ鶴の湯温泉の湯口の土地(鉱泉地)である大字原字湯の内五六八のロ(一坪、実測では一坪二九)及び同所五六八の五(一坪四四、実測では一坪九二)を各坪四万五、〇〇〇円で、また同年一一月三〇日木村源兵衛から同所五六九番地「鶴の湯温泉及び湯滝の土地」(宅地)を坪二、〇〇〇円でそれぞれ買受け、その際被告の負担で鶴の湯温泉を満水位以上の地点まで上昇するよう施設し、右売主らにその一部を無償で優先使用させる旨約した。

そして被告らは、右木村らに対する債務の履行のため、前記学術調査の結果に基づき、昭和三一年九月五日前同所五六九番地に温泉調査用の横坑掘さく工事を行つて、まず温泉通路の確認を行うことに決定し、同年一一月一日着工した(右土地は同月三〇日被告が所有者木村から買収したことは前記のとおり。)。右調査工事は途中で地温の高いところを発見したため掘さく距離を延長し、昭和三二年二月二五日竣功した。そして被告は、温泉引揚のための保存工事として河岸(前記五六九番地)から右横坑を拡幅したうえ更に前同所五七四番の一(同土地については所有者の使用承諾ずみ)に至るまで掘進め(延長一一六メートル、なお原告森が掘さくしていた与川田地区はこれらのはるか北方)、右五七四番の一の地点で堅坑を九六メートル掘つたうえ、これらの坑に導水管を設置し、ここからポンプで温泉を引揚げることとした。そこで被告は、昭和三一年一二月一九日東京都知事から温泉掘さくの許可を得たうえ(但し、申請の際の誤りのため、掘さく許可地の表示は大字原字湯の内五七四番の一ではなく、同所五六四番地となつている。)、昭和三二年二月九日訴外山手建設株式会社に対し、導水管設置用横坑及び堅坑掘さく工事を発注し、同会社は同年三月三一日右工事を竣功した。そして被告は、湖畔に揚湯用ポンプ場及び湯槽等の諸施設を設置し、揚湯可能な状態にした。

以上の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前揚各証拠と対比し採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで原告らは、被告の前記掘さく工事及び諸施設の設置等が原告らの有する温泉権(前記のとおり奥多摩地方においては土地所有権と別個に慣習法上の物権である温泉権を認める慣習(法)は存在するものと認められないから、原告らの場合、その実体は土地使用権)の侵害行為にあたる旨主張するが、右のような被告の行為があつたからといつて、直ちにそれが原告らの有する温泉権を侵害するものとはいえないし、被告の前記掘さく工事等により、原告らの前記与川田地区付近における温泉の水位、湧出量及び温度について格別の変化をきたしたことを認定できる何らの証拠もないから、原告らの右主張は理由がない。

(二)  原告らが留浦地区において右土地から湧出する温泉を使用収益処分する権限を有するものと認められないことは前述のとおりであるが、被告が昭和四四年二、三月ころ島崎建設工業株式会社に留浦地区における道路工事を請負わせてこれを施工し、その際ボイラー及び工作物を撤去したことは当事者間に争いがなく、原告らは右被告のボイラー等原告森所有物件の撤去行為は原告森に無断でしたものであり、しかもその際原告森のしたボーリング孔を損壊したうえ原告森所有の温泉ボーリング用建物等をも無断撤去した旨主張する。しかし、〈証拠〉中、右主張に副う部分は後掲証拠と対比すると容易に措信できず、他に右主張を認定できる証拠はない。かえつて、〈証拠〉によれば、被告は昭和四四年二月一八日島崎建設工業株式会社に対し、留浦鴨沢線道路改修及び舗装工事を発注し、同会社は同年二月一九日これに着工し、同年三月三一日竣功したこと、ところが右道路工事現場である留浦地区(当時は被告所有地)には原告森が設置したボイラー及び仮小屋などの工作物があつたこと、そこで被告は原告森(原告会社代表者)に道路工事協力方を要請したところ、原告森は、道路の築造自体には反対しないが、道路予定線を温泉の湧出口から四メートル山側に離すこと、右路線変更が不能の場合には揚湯管から道路の線まで掘下げ、広場にしてそこに温泉が自然湧出するよう施工すること及び工事の際火薬を使うと湯脈に変更をきたすので、火薬による爆発工事を行わないことを申入れたこと、これに対し被告は、火薬を用いる予定はないのでこの点は了承したが、道路完成後には奥多摩町に右道路を引継ぐので、山の斜面を平担にして揚湯管をそのままにしておくから右引継後奥多摩町との間で温泉開発について協議するよう求めたところ、原告森はこれを拒絶したこと、ところが数日後原告森は被告を訪れ、原告会社の株主とも協議した結果被告の提案を受けいれ道路工事を承諾することとなつた旨伝えたこと、そこで被告は右工事にあたり揚湯管を壊さないように二インチの鉄管で覆いをしたうえ、仮小屋その他の施設を撤去したこと、また右工事にあたつては火薬類等は一切使用しなかつたことが認められる。

(三)  原告らは、既存温泉湧出地点から半径一キロメートル以内の温泉掘さくは温泉先願権者又は温泉源発見者の権利を侵害する行為としてこれをなしえないとする慣習法が存する旨主張するが、これを認定できる何らの証拠もない。

(四)  被告を昭和三三年ころ与川田地区付近において揚湯用ポンプ施設を利用し配水管を青梅街道まで設置したことは当事者間に争いがない。原告らは被告が貯水タンクを設置して揚湯したうえ業者をしてタンクローリーで近隣旅館業者に配湯させた旨主張するが、右主張事実だけでは直ちにそれが原告らに対する違法な加害行為であるとはいえないし、また〈証拠〉中、右主張に副う部分は〈証拠〉と対比すると容易に採用できず、他に右主張を認定できる証拠もない。

(五)  原告らは、原告森が昭和二九年三月九日別紙図面(一)①付近における温泉掘さくの許可申請を行つたが被告が不当に許可を遅延させ、許可がおりるまで二年九か月を要した旨主張するが、前掲〈証拠〉の右主張に副う部分は〈証拠〉と対比すると採用できず、他にこれを認定できる証拠はない。かえつて〈証拠〉によれば、原告森は昭和三一年九月一八日付で青梅保健所を経由して東京都知事に対し前記土地の掘さく許可申請を行い、同知事は東京都温泉審議会の議を経て同年一二月一九日これを許可したことが認められる。

(六)  原告らは、原告会社が昭和三四年三月一七日付で東京都知事に対し、留浦地区における温泉掘さくの許可申請を行つたが、被告が同知事らに働きかけてその決定を不当に遅延させた旨主張するが、これを認定できる証拠はない。

(七)  原告森が昭和三二年二月ころ、被告施工の鶴の湯温泉保存工事は違法であるとの主張が誤解に基づくことを同原告が認める旨の覚書に署名したことは当事者間に争いがない。原告らは、被告がその際原告森に対し、被告の掘さくにかかる温泉は文化財としてのみ保存するものであり営業その他には利用しない旨述べたと主張するが、〈証拠〉中の右主張に副う部分は、被告が鶴の湯温泉の湯口の土地所有者であつた木村らとの間の契約に基づいて鶴の湯温泉引揚工事を行つたという前記認定の事実関係と対比して採用できず、他に右主張事実を認定できる証拠はない。

三以上のとおり原告らの主張はすべて採用できないから、右主張を前提とする原告らの請求はその他の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

よつて、原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(篠原幾馬 和田日出光 佐藤陽一)

図面(一)(二)〈省略〉

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